Yukaのバンクーバーカフェ日記

ワーホリ@バンクーバーand バリスタ生活→中学校英語教師→大学院修士課程をめざして、子ども2人育児に追われながらも、一歩ずつ前へ進むわたしの記録

#122 『投影』という心理学

娘は、自分の感覚に正直で、納得感を大切にする。

だから、周りの友達ができていても、

自分が怖いと思えば決して挑戦しない。

トイトレ、おまるから便座でできるようになったのは、4歳目前だった。

 

私は、基本生き急いでいる人間。

常に自分を高めていたい、向上心の塊。

だから娘のマイペースさに、ほとほとうんざりし、イライラし、言い方がキツくなる。

 

最近、友人がワーママ向けのキャリアコンサルを開始し、モニターとして話を聞いてもらっているのだが、AIも上手に使っていて、LINEのトークにジャーナリングをすると、書き手の思考を整理したフィードバックをくれるというAIを作っていた。早速書いてみるとその振り返りの中に、この『投影』というキーワードが出てきたのだ。

 

お子さんの「自分が納得するまで動かない」という姿は、これからご自身が「自分の納得感を大切にしながら道を進んでいく」上で、何を大切にすべきかを教えてくれる「鏡」のような存在になる可能性を秘めています。

 

目から鱗だった。それも涙に近いウロコ。

そうか、そういうことだったんだ。

 

私は次から次に目標を設定して、達成することで自己有用感を高めようとする節がある。よく言えば向上心があってよい。でも、数をこなすことで本質を見失ってしまうことがある。時々、目標を達成できない自分は価値がないとすら思えてしまう。

でも娘は、成長の本質をとらえているのだ。成長は自立を意味する。甘えたい母の手が、あまりかけてもらえなくなるのだ。だから、生き急ぐ必要なんてない。甘えたかったら甘えていい。できるようになりたい!と心から思えた時が、成長すべきタイミングなのだ。

 

だから娘は有言実行する。初めてトイレでできた日も、朝から言っていた。まさかと思って話半分でしか聞いていなかったが。

 

娘はお母さんを助けるために生まれてくるのだと聞いたことがある(男の子は父親を助けるらしい)。娘には、苦労もするが、本当に学ばせてもらってばかりだ。

 

 

 

 

#121 2度目の育休

2度目の育休は、毎日が慌ただしい。

娘を保育園に連れていくまでは、秒単位のスケジュール。送迎が帰ってきてからも、最近自我の芽生えてきた息子の後追い(声だけ)が激しいもんで、なかなか離れられないand離乳食やら授乳やらで割とまあバタバタと過ごす。少し一緒にお昼寝した後は勉強して、起きたら授乳して、また保育園にお迎え行って。

帰ってきたら公園に行く日もあるし、すぐにお風呂入れるしで、まあここからはとてつもなく忙しい。夜娘が寝るまでノンストップ。

 

一回目の育休中は、孤独との闘いだった。変に時間があって、早く職場復帰したかった。今は毎日が忙しくて、フルタイムで復帰したら私大丈夫なのかなと心配である。

 

それでも自己研鑽のために勉強をしている。学びを今後の自分のキャリアにプラスにしようとしている。そこまでして頑張る必要があるのか?今だって本当によくがんばっているのにね。

 

何が正解かはむずかしいが、私なりの答えは、1人の人間として生きていくことを大切にしたいということ。もしもでも、もう考えられないけど、もしも子どもがいなかったとしたら邁進する道を、子どもがいる今でも、進もうと決意すること。もちろん制約がある分、柔軟な姿勢はもたないと破綻する。それでも、やっぱり、めざすゴールは、私ひとりが成し遂げたいことに突き進むこと。

 

だとしたら答えは、今歩もうとしている道でいいのではないか?できたらもっとときめきやワクワクがあるような道にしたいところだけど。今は自己実現できる目標があるから、こうやって休める時に穏やかでいられるのかもしれない。

 

今日は2回目の産後ケアだった。お昼寝して、美味しいお弁当やおやつもいただいて、授乳だけの1日。授乳の時に会える息子が一段と可愛く見えるのも、しっかり休ませてもらっている証。さあ、また次の産後ケアまでがんばろうっと!!次の産後ケアでは、そのときめきやワクワクをプラスした未来に向き合いたいな。

 

 

#120 世界基準の英語力

ずっと読みたくて、でも読み渋っていた本。

前さいたま市長細田眞由美さんが行った、さいたま市での英語教育の実践がまとめてある1冊。

 

さいたま市は2018年度から4回連続で、英語教育実施状況調査(中学校)で日本一になっている。

つまり、CEFR A1(英検3級)レベル相当以上を達成した中学生の割合が、全国平均が5割を切る中、日本一、しかも8割を超えているということだ。

 

これは曲がりなりにも英語教師をしていれば耳にする目標。ちなみに私の自治体は、文部科学省が指定する目標の5割に達していない。私にとっても密かな目標であったが、この本を読んで、1人で頑張ったって限界があると思った。

Individual willpower alone would take us so far. 

彼女はもともと埼玉県の高校英語教師。そこから指導主事や校長を経験し、さいたま市の教育長、そして市長となって、英語教育改革の仕組みづくりを行ったようだ。

まずは小学校、中学校、そして高校の教育の連携。小中9年間を4-3-2制に捉えカリキュラムを作成。第一期は基本定着として、歌や踊り、ゲームなどで英語に慣れ親しみ、小学校中学年であいさつや買い物など、日常会話を中心にした活動を行う。第二期では基本拡充期として、読み書きを中心に文字学習を行い、また自分の考えを表現する活動を行う。第三期は発展充実期として、学んだ知識や技能、論理的思考力などを使って、実際の場面で活用していく。例えば、ALTとのやりとりやディスカッションなど、国際感覚をもって堂々とコミュニケーションすることをめざす。

また、各中学校にALTを配置、各小学校にも英語の専門教師を配置したりと、さいたま市独自の方法で人材確保をしている様子。

 

一教師として、感心する手立て、仕組みだらけだった。私の自治体はALTは月に一回1週間程度しかいないし、小中の連携ができていないことも気になっていた。発達段階から4-3-2制はかなり理にかなっていると思うし、なぜ日本全体で行わないのか不思議なくらいだ。実績を出しているならなおのこと。

 

ただ、予算のことを考えると、政令指定都市のさいたま市だからできる、ということは大いにあるだろう。本当は公教育の抜本的な改革が必要なのに進まないのは、頭の堅い人間と予算不足のせいだろう。

 

これを読んで、ひとりきりで授業に精を出し続けることがアホらしく思えてきた。きっと同じような志をもった有能な人はたくさんいるはずなのに、私も自分こそはと1人で躍起になっていたのではないかと。本当に大事なのは周りを巻き込み、改革を起こせるだけの仕組みを作ることなのではと。

 

おもしろかった。ただ今私は実践を積むことができない。これから先もしばらくは仕事の中で成果を出すのは、育児の時間も大切にしたいと願うからこそむずかしいのではないと思ってしまう。何か方法はないのか。大学院もそのひとつだろうが、本当に行く価値がどれだけあるのか。

 

夫も教師をしていて、そばで日々の大変な業務を見ているからこそ、育児に力を注ぎながら、担任やら校務分掌やらに追われる自分は想像できない(だからこそ疲れていても家事育児にできる限りを尽くす彼に感謝しかない)。

 

どうしたらいいか。あまり悩む時間はないが、実践を積みつつ、周囲を巻き込めるだけの力がほしい。育休の中でも自己成長していきたい。

とにかく今読めてよかった本。

 

 

 



 

#119 看病と癇癪

2人子どもがいると毎日が電光石火のごとく過ぎていく。

先日2人揃ってインフルエンザBに罹患。

生後4ヶ月の息子は発症48時間以内でイナビルを処方されたが、3歳の娘は微熱でインフルだとは思わず、受診が遅れて薬を飲めなかった。

高熱にうなされて、うわごとのようなことも言っていた。夜中に起きて何かにうなされていた。インフルエンザ、本当に怖かった。

病気への予防がいちばんの対処法というのをどこかで聞いたが、本当にそうだと思った。娘もこのキツさはもう味わいたくないと言っていた。ま、予防接種を受けてくれるとは到底思わないけど。

 

そんな看病weekを経て、母の私もへとへとである。何よりも、いつもよりひどくなった娘の癇癪への対応がきつかった。

 

癇癪を起こすには理由があると思えている間は大丈夫。疲れているのかな、キツいのかな、お腹空いたかな、寂しいのかな。でもある瞬間、たぶん自分自身が疲れていたり、寝不足だったりするとそう思えなくなる。癇癪が私を責めているようにしか聞こえない瞬間。

そうなるともうだめ。癇癪の応酬戦。あとから思い返せば笑えるけど、渦中にいるときは、もうお母さん辞めて出ていきますって心から思っている。

 

本当に育児をしていると自分の愚かさ、未熟さをありありと突きつけられる。ほとほと自分が嫌になる。

でもそうやって育児に体当たりでぶつかっていると、失敗してから自分を受け入れられるまでの時間が短くなってきたのを感じる。そうか私疲れてたからイライラしたんだと。娘には悩まされる分、たくさん教えてもらっている。娘が私をお母さんにしようとしてくれているんだなと。

 

TED HEALTH "The science for raising kids"から

neuroscientist Jennifer Pfeiferの言葉が心に残ったのでここに引用します。

 

We have hard days and big feelings, but too few of us get the support that we need. So if you're struggling with your own mental health, know that asking for help makes you a great parent. Because one of the best predictors of this generation's well-being is the mental health of those who care for them.

 

それから、これから先も育児が続く上で心に留めておきたい言葉もここに引用しておきます。

If you're worried about youth mental health, build their resilience. Listen, provide support. Help them learn that feelings and failures are a normal part of adolescence, because they're a normal part of life.

思春期の子どもたちの心の健康を害するのは、SNSと思われがちだが、実際は人間関係が主な原因だと。そして保護者である大人が健康であることが、子どもたちにとっていちばんの健康因子になると。そして、失敗は誰にでもあること。失敗したときにどう立ち直るのか、その力をつけるサポートをすることこそが大事だと言っていた。

 

また失敗するんだろうけど、その度に後悔をちゃんと受け止めて成長していきたい。キャリアの成長も大事だが、私は今子どもたちから、人として大事なことをたくさん教えてもらっているのだと思う。今日は珍しく前向きに捉えられているので、いつかの私を助ける備忘録になりますように。

#118 100日祝いと今後の目標

息子くんはすくすくと育ち、生後100日を迎えた。せっかくなのでお粗末ではあるが、お食い初めのために食事を準備した。

と言っても本当に有り合わせのもの。おせちで残った(乾燥)黒豆があったので、ご飯は赤飯でなく黒豆ごはん。お吸い物にははまぐりなんて入ってないし、煮物は旬で安かった大根。香の物はあまり食べないし、余るから買わずに、唯一ちゃんとしたのは鯛の塩焼き。鱗も内臓もとって塩焼きにした(まあこれもちっちゃい連子鯛🐟火が強すぎて焦げてしまった)。

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娘は赤ちゃん返りからやっと落ち着き、箸を上手に使いながら食べさせるフリをしてくれた。一時は本当にどうなるかと思ったが、できる限り要求に応え続け、気持ちを受け入れ続け、最近落ち着いた。100日も堪えれば落ち着くようだ(涙)

斜視の件もメガネで矯正可能だとわかり、(これは嫌がらずに)メガネ生活を送っている。ひとまずいろんなことが落ち着いた。100日本当によく頑張った。今日は大好きなパンをたらふく食べよう。

 

何かが落ち着くと、先のことを見たくなる。自分のことに向き合いたくなる。

 

大学は社会学を専攻した。"人の心を動かす仕事がしたい"と思い、メディアに進もうと思ったからだ。でも自分の書きたいことを書いたり、表現できたりするのは一部の人間だけだと気づき(そもそも私自身に書きたいことがあまりないことにも気づいてしまったが)、就活中に軌道修正。教師になりたいと思って英語を勉強しにカナダへ。お金はないし、英語力もたかが知れていたのでワーホリで。そこでいろんな出会いがあり、英語に本気で向き合うことができた。帰国後晴れて英語教師にもなれた。

 

結婚出産を経て、さあ次のステージに進みたい。何をしたらいいか。

 

マニュアルのない公立中学の英語教師になって、多くの教師(もちろん私を含め)が自分の経験から自己流で授業をつくっているなと感じる。子育てと一緒で、教えられたように教える。そこから抜け出すのは結構難しい。

ひとたび、これがいい、あれがいいと新しい教授法があれば真似をする。研究授業では、見学者は重箱の隅をつつくような指摘をし、もしくは必要以上に褒め称え、担当した教師と指導教員だけが極端に疲弊する。学びがないとはもちろん言わないが、そこには根拠となる理論がないように思う。英語ってもっと科学的に学べないのかな。そういう疑念がずっと心の隅にある。

 

育児しながら、働きながら、そんなことできるのかななんて思うけど、ここまで流れてきたのも何かのご縁。きっと何かの導きがあって今の私があるのなら、今のやりたいことを大切にして次に進んでみてもいいのではないかな。まだ不安要素はたくさんあるけど、やってみたい。

 

大学院で応用言語学を学ぶということ。

 

果たして、実現できるのだろうか。復職したら消えてしまいそうな願望、できるだけ早く形にしてしまわないと(笑)

 

 

 

 

 

#116 初めてママが嫌いと言われた日(年末の出来事)

言われてしまえばもう怖くない

ずっと思ってた。いつ言われるか

私は機嫌に左右されすぎる。娘の人格否定を意味する言葉を使ってしまうこともある。

イライラしている時に物を渡す時、投げてしまうこともある。

そんな母親嫌われて当然だ。

 


最近のイライラは、不安からくるものだ

常にワンオペで2人を育てる友人

ワガママには厳しくやれという両親

娘の要求にできるだけ応える夫

私にはできないことを露呈されている

もしくは私の育児を否定される

突っぱねたいのにそうやって育てられた自分と、その育児方法を否定できないこと

そのモヤモヤからくる不安

 


来月からくるワンオペをひとりでこなせる自信がないこと

また、杞憂に苛まれている

 


あとは、時間を奪われること

これは原始的に言うと、時間のロスは命の危険につながること

だから本能的に怒りが現れるのだそうだ

 


本能的に怒ってるんだなあ

と思って、自分の怒りにありがとうを言おう

私のこと守ろうとしてくれてるのね、って

 


そして、怒りは凄まじいエネルギーを消費する

だから怒る前に自分のメンタルを把握し受け流す

相手より大人になることが必要だと

子育てのイライラに悩む今読んでみた本に書いてあった。

 

 

 

 

子どもを相手にして、イライラする自分も大人気ないが、

それが育児。毎日自分に辟易してしまう。

 

少しでもこの学びが自分を助けてくれますように。

#117 ワンオペ開始

夫の育休が終わり、ワンオペ生活が開始した。

 

今朝バタバタと準備をしていたら娘が、

ママ、ひとりでふたりのお世話しないといけないから大変だね

と言ってくれた。

そして年末年始の癇癪が嘘のように、いい子ちゃんで保育園の準備をしていた。

 


年末、娘がママが嫌いと言った。

しばらく落ち込んで自分の育児を責めたが、

思い返すと、産後娘といる時間さえもイライラしていた。

下の子の世話があるのに、癇癪を起こす長女。時間を奪う悪者のように扱ってしまっていた。

事件直後私はクールダウンに散歩に出た。

娘が夫と風呂から出てくると私がいなかったので、娘は大号泣していたらしい。そして

嫌いではなく、怒るのが嫌なんだと言っていたそうだ。

 


翌日、娘との距離感がぎごちなく感じたので2人で公園に行った。

自然の流れで、いつもの保育園送迎ごっこが始まって、私が娘、娘が母役を演じていると妙にリアルでおもしろかった。

私はわざとごねてみる。保育園行きたくないだの、ママは嫌だの。娘は娘でずっとぷりぷり怒ったママを演じていた。

あー私ってこんなにぷりぷりしてるんだと客観視できた。笑

 


そこで前日の話をし、和解した。そこからは堰を切ったようにママ期が始まった。

何をするにもママがいいと。

そうか、この子にはママとの充実した時間が足りなかったんだなと実感した。

 


トイトレはなかなかうまくいかないが、向き合ってみてわかったこともある。

まず、娘はかなり頑固だということ。

自分が納得したことしか実行しない。今は赤ちゃんのままでいたいし、大人用トイレは怖いからしない。

そして娘は強靭なメンタルの持ち主だということ。

私にちょっとやそっとぐちぐち言われてもケロッとしている。

この年で課題の分離ができているご様子。笑

自分は悪くないと割り切れているようだ。

だからイライラして言ってしまった数々の言葉を悔いていたけど、そこまで落ち込まなくてもいいのかも。笑

 


と粗雑な散文だが、備忘録として残そう。

 


育児の三原則(長女編)

-have to → want to 

-respect her will 

-do a little

 


怒りは自分を守る防衛反応

イライラしたら、自分を守ろうとしてくれた本能にありがとうを言う!